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秋篠宮家男子誕生希望から「愛子に天皇になってほしい」へ①

執筆者の写真: 高森明勅
高森明勅
19 時間前
読了時間: 3分
秋篠宮家男子誕生希望から「愛子に天皇になってほしい」へ①


◯「ゆくゆくは愛子に天皇になってほしい」


ジャーナリストの奥野修司氏が平成28年に上皇陛下の側近だった人に取材した。その時、上皇陛下が「ゆくゆくは愛子(内親王)に天皇になってほしい」とおっしゃっていた、との証言を得た。更に奥野氏は、「それ以外にも複数の人物が、ご在位中の上皇さまから同じニュアンスのお話を伺っていました」と言う(同氏『天皇の憂鬱』平成31年、新潮新書。「週刊新潮」令和8年9月17日号)。

そのソースには、渡邉允元侍従長や羽毛田信吾元宮内庁長官が含まれているはずだ。いずれにしても極めて信憑性の高い証言と見ることができる。


◯秋篠宮家に第3子をご希望


ところが一方、以下のような諸事実をどう理解すべきか。

敬宮殿下がお生まれになった翌年、平成14年に天皇皇后両陛下(当時は皇太子同妃)がニュージーランド、オーストラリアの公式訪問から帰国された後、上皇陛下が皇后陛下に「次は男の子をお願いします」と伝えられたとされる(井上亮氏『宮内庁長官』令和7年、講談社現代新書)。

翌平成15年6月10日に行われた湯浅利夫宮内庁長官の定例記者会見では、「はっきり言って、もうひとかたほしい」「ぜひともお2人目を、と思っている国民はたくさんいると思う」と述べた。

更に湯浅長官は、同年12月11日の記者会見で「秋篠宮さまのお考えはあると思うが、皇室の繁栄を考えると、3人目を強く希望したい」と。

こうした湯浅長官の発言が、当時の天皇でいらっしゃる上皇陛下のご意向を受けたものであることは、明らかだ。

又、ジャーナリストの櫻井よしこ氏は「私の取材では、皇后美智子さまご自身が秋篠宮妃殿下の紀子さまに、『もうひとり、お子を』と直接お話しなさっていたという」(「週刊新潮」前出)とする。


◯まだ皇室典範改正が見通せない時点でのことだった


これらについては、小泉純一郎首相が「女性天皇の検討」を表明した平成16年12月1日より“前”の事実であることを、見逃してはならない。皇位継承資格は男系男子に限定されており、しかも次世代の男子はゼロ、という状況下でのことだ。

上皇陛下が天皇として、皇位の継承と皇室の将来に強い責任感を持っておられればこそ、民間であれば心ない仕打ちと非難されかねないことであっても、上皇后陛下も含めて、制度上の欠陥のせいで、やむなくそのような対応をなさる他なかった、と拝察できる。


◯女性天皇、女系天皇容認のご姿勢


そこで重要なのは、小泉内閣に設置された「皇室典範に関する有識者会議」(私もヒアリングに応じた)の女性天皇、女系天皇の容認という提言を、上皇陛下がどのように受け止められたか、だ。これについては以下のような証言がある。

「陛下は当時、(保守派の旧宮家皇籍取得案に困惑される一方で)小泉政権の女性·女系天皇容認の方針を了解なさっていた」(「文藝春秋」7月号)

「上皇さまは、側室制度なしに男系の維持は困難という、生物学的な見解も理解された」(読売新聞7月18日付)

先の報告書が提出された平成17年の天皇誕生日の記者会見で、記者が「女性·女系天皇を認めると皇室の伝統の一大転換になる」と質問したのに対して、上皇陛下は「国民と苦楽を共にする」在り方こそが「皇室の伝統」である旨の回答をされた。この事実は、上記の証言の正しさを裏付ける。(続く)



追記


①9月22日、「FLASH」の取材対応。

②9月27日、東京新聞、望月衣塑子記者のYouTube番組に出演。

③9月29日、毎日新聞の取材対応(10月4日付にコメント掲載)。 

④同日、プレジデントオンライン「高森明勅の皇室ウォッチ」9月3本目の記事が配信。Yahoo!にも。 🌐 https://president.jp/articles/-/119584

⑤10月3日、ミス日本コンテストのファイナリスト達にレクチャー。

⑥同日、望月記者のYouTube番組に出演。

⑦10月5日、友愛政治研究会(鳩山友紀夫会長)にてレクチャー。

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