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反天皇=共和制論者の言説を男系男子の根拠にする新聞論説

  • 執筆者の写真: 高森明勅
    高森明勅
  • 1 時間前
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反天皇=共和制論者の言説を男系男子の根拠にする新聞論説

新聞各紙の中で殆ど唯一「男系男子」限定ルールに固執するのが産経新聞だ。

その産経新聞の中でも取り分け男系男子に頑なに固執する姿勢を見せるのが阿比留瑠比記者(論説委員兼政治部編集委員)だ。


その阿比留記者が「女性·女系天皇が駄目な理由」という記事を書いていた(3月19日付)。


ところが、その「理由」について王朝交替だの皇位の簒奪だの南北朝時代の再来だのと、聞き飽きた妄言を並べる他は、「皇室の廃止をもくろむ左派勢力の思うつぼ」として、反天皇の立場を鮮明にする2人の憲法学者の言い分を、丸ごと真に受ける醜態を晒した。


「(女系天皇が登場すると)天皇制そもそもの正統性根拠であるところの『万世一系』イデオロギーを内において浸蝕する」(奥平康弘氏)


「女系天皇にした場合には権威ある天皇というものは、恐らく復活しない」(横田耕一氏)

これらの発言を根拠として、「皇室の正統性と権威を自ら壊す取り返しがつかない愚を冒す」との結論に短絡する始末だ。


先ず、奥平氏は自分の思想を次のように語っていた。


「僕にとって戦後、『天皇制と家制度』は『親の敵(かたき)』でござるというくらい重さのある問題であり続けた」(『憲法対論』宮台真司氏との共著、平成14年)

「天皇制は民主主義とは両立し得ない…民主主義は共和制と結びつくほかはない…私は『従来の反天皇的皇室論』に属することになるかもしれない。…結論において、❲「象徴天皇をいただいた民主主義は偽りの民主主義」「共和制への移行は、日本人の民主主義が試される」と主張する❳橋爪❲大三郎❳と私のあいだには、どうも径庭はなさそうなのである」(『「万世一系」の研究』平成27年)


次に、横田氏の発言を見よう。

「❲天皇·天皇制度の❳権威強化は、憲法の作られた目的である人権保障をも侵害することになっているが、仮に権威強化が行われないとしても、天皇制度の存在自体が自由や平等原則と抵触する側面を有している」

「仮に象徴天皇制が…よりスマートになったとしても、それが世襲であるかぎり、その制度は社会的差別意識を再生産しつづける大きな源になるように思われてならない」(『憲法と天皇制』平成2年)


これほど明確な反天皇=共和制論者の言説にうろたえて、一夫一婦制で少子化が進む状況下で皇統の存続を図る為に不可欠な女性天皇·女系天皇という選択肢を自ら投げ捨てる「愚を冒す」ことこそ、「皇室の廃止をもくろむ左派勢力の思うつぼ」以外の何ものでもない。


更に、横田氏が代表的な「男系男子」違憲論者である事実を、阿比留氏は知らないのだろうか。

「現在の天皇制度は憲法の制約を受けるものである。そうであるなら、憲法の下位法である❲皇室❳典範が女帝を否定したことは、男女の性別による差別をも禁じた憲法14条に違反するのではないか…女帝否定には合理的理由はなく…端的に違憲と考えざるをえない」(「皇室典範私注」『象徴天皇制の構造』所収、平成2年)


そもそも歴史上、どれほど多くの「男系」王朝が国民からの"敬愛"を失って滅んで来たことか。

逆に、英国やオランダなど女系の君主を戴く国が、そのことを理由に君主制の「正統性と権威を自ら壊す」結果になった実例があるならば、是非とも教えて欲しい。


念の為、他の聞き飽きた言い分にも、簡単に触れておく。


女系天皇の登場は「皇室の伝統の断絶、すなわち別の王朝の誕生を意味する」との暴論。

これまで繰り返し紹介して来たが、上皇陛下は女性天皇、女系天皇を認めることが「皇室の伝統の断絶」に繋がるかのように錯覚した記者の質問に対して、「国民と苦楽を共にする」という「あり方が皇室の伝統」と明言されている(平成17年12月19日)。


「皇統」に男系も女系も共に含まれる以上(平成18年1月27日、衆院予算委員会での安倍晋三内閣官房長官の答弁など。内閣法制局執務資料『憲法関係答弁例集(2)』参照)、「別の王朝の誕生」にならない。


上記の女系君主の国々でも、実際にそのような事態になっていない。

これについて、阿比留氏は男系論者の以下の発言をどう受け止めるのか。

「万一の場合には、皇統を守るために、女帝さらに女系の選択という事もあり得る」(百地章氏『憲法の常識 常識の憲法』平成17年)


「正直に言えば私とて、女性天皇に絶対反対というわけではない。男系継承という道を探して、万策尽きた場合には女性天皇も女系天皇もやむを得ないとは思う」(八木秀次氏『本当に女帝を認めてもいいのか』平成17年)


「どうしても男系継承の維持は不可能だと分かってはじめて、これは御神意なのだと納得して女系も謹んで受け入れる」(新田均氏『諸君!』平成18年4月号)

むしろ、親の代から国民で、もはや名分上「皇統に属さない」旧宮家系子孫男性の血筋に皇位が移る事態に陥った時こそ、正真正銘の「別王朝の誕生」と見る他ない。


阿比留氏は安倍晋三氏が生前、「愛子天皇」の即位は"簒奪"と非難していたという。

しかし、阿比留氏よりも安倍氏に食い込んでいた元NHK記者の岩田明子氏は、安倍氏は愛子天皇の可能性も視野に入れていたと証言する(『文藝春秋』令和4年12月号)。

そもそも、簒奪とは臣下が君主の地位を奪うことを意味する。


だから、天皇のお子さまが親の地位を受け継ぐ場合に全く当て嵌まらないことは、当然だ。

もし安倍氏がそんな言葉遣いを本当にしていたとすれば、失礼ながら基礎的な単語の意味も知らない無知か、そうでなければ正常な判断力を失いかけていた、と見られてもやむを得ないだろう。


匿名のネット言論などでよく見かける「南北朝時代の再来となりかねない」というセリフが、そのまま新聞紙上の論説に出てくる辺りは、産経新聞らしいと言うべきか。


しかし、それが「悠仁天皇」にも"ブーメラン"になる論法だと気付かないのか。

男系派の仲間内で定番の南北朝とか壬申の乱の再来云々のたぐいは、皇位継承のルール化=法規範化である皇室典範が制定されたことの歴史的意義を理解できていない、時代錯誤な妄想だ。

それとも皇室典範自体の法規範性を否定するつもりか。


阿比留氏の今回の論説は、男系男子限定論が表向き「保守」「愛国」「皇室敬愛」などを標榜しながら、上皇陛下のおことばに目を背ける一方で専ら反天皇論者の言説を重視し、まさに反天皇=共和制論者の"思うつぼ"である事実を、男系論者自身が暴露したものだった。


なお、産経新聞(3月23日付)は「正統の流れ堅持が前提だ」との社説を掲げて、構造的な欠陥を抱える皇室典範のルールによる皇位継承順序を固定化するように訴えている。

だが、欠陥ルールを固定化させて皇統の存続を危うくするのは、本末顚倒だ。

文中、「東宮が即位できなかったのは南北朝時代までさかのぼる」と言うが(これは後村上天皇の皇子で後亀山天皇の皇太子だった泰成親王の事例だろう)、秋篠宮殿下は「東宮」=皇太子ではない。


傍系の皇嗣が即位されなかった前例は、秩父宮のケースが近く昭和時代にある。

「立皇嗣の礼」は、本来なら行われないはずの行事が(美濃部達吉『憲法撮要』改訂第5版、昭和7年)、内閣の意思による国事行為として挙行されたもので、衆参両院による賀詞捧呈もその儀式に対して儀礼的·形式的になされたものに過ぎない。

前代未聞のこの儀式が、安定的な皇位継承を目指す立法を制約する根拠にはならない。


▼追記

①3月18日午後、ニュースサイトSirabeeから取材依頼を受け、早速対応。翌日午前にコメントが公開された。高市早苗首相が3月16日の参院予算委員会で「今上陛下」を一瞬読み誤った件について。


②プレジデントオンライン「高森明勅の皇室ウォッチ」今月の2本目は3月27日に公開。

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