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「中道改革連合」惨敗の原因についての私見

  • 執筆者の写真: 高森明勅
    高森明勅
  • 12 分前
  • 読了時間: 4分

「中道改革連合」惨敗の原因についての私見

勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし。


この言葉は、平戸藩の藩主だった松浦静山(まつら·せいざん)の『剣談』に出てくる。

プロ野球の野村克也監督が口にして一般にも知られるようになった。


今回の衆院選挙の結果は、奇襲的な解散に打って出た高市早苗首相本人も、ここまで自民党が大勝するとはさすがに予想していなかったのではないか。現に、比例区では自民党に対して票が集まりすぎて、14議席も他党に譲る結果になった。その意味では自民党としては「不思議の勝ち」かも知れない。


しかし、惨敗した中道改革連合は、「不思議の負け」で済ます訳にはいかないだろう。

私なりに思い付く大まかな敗因をいくつか列挙してみよう。


①大きな時代的背景としては、戦後民主主義的なリベラル左派の凋落を指摘できる。

共産·社民·れいわなどの後退ぶりを見ても、そのことは明らかだ。

これ自体は歓迎すべき趨勢と言える。


②自民党が、内閣史上初の女性首相として人気が高く、清新さをアピールできる高市早苗氏の“進退を賭けた戦い”を前面に打ち出したのに対して(麻生太郎副総裁も解散を事前に知らされず、蚊帳の外だった選挙責任者の鈴木俊一幹事長が激怒した等の報道もあった)、中道はそれに対抗できるリーダーや退路を断った真剣さを押し出すことができず、古臭く保身的なイメージが無党派層からソッポを向かれた。


選挙戦全体の構図として、挑戦的な「新しい政治」VS数合わせ的で組織頼りの内向きな「古い政治」、という印象を拭えなかった。チームみらいの躍進は「新しい政治」への期待によるものだろう。


③「中道」という言葉自体が、予め自分の政治的な立場(保守·リベラル、右派·左派など)を自覚している「支持政党アリ」的な有権者に届いても、多数派を占める無党派層には“ピンとこなかった”のではないか。街頭演説で見られた「右に寄りすぎた政治をまともな中道に戻す」といった表現も、元々政治に関心が強い高齢者向けであって、「右って何?」という無党派層·若年層とは感覚のズレがあったと思われる。


④中道が結成された当初、過去の選挙結果に基づく単純な試算が報じられ、中道大勝、自民苦戦という観測から前者に無意識の緩み、後者に緊迫感が生まれた。


⑤しかし、公明党出身候補者は軒並み比例上位で優遇され、公明支持者が必死になって小選挙区の(立民出身候補者の)選挙戦に取り組むモチベーションが削がれた。

又、これまで公明票として上積みされていたF(フレンド)票を新党に移し代えるのも、時間が必要だった。創価学会という組織自体の高齢化や池田大作氏没後の求心力の低下などに加えて、上記の条件がマイナスに働いたと考えられる。


⑥逆に選挙戦に入ると、早い時点から自民大勝の報道があり、勝敗の鍵を握る無党派層にバンドワゴン効果(勝ち馬に乗りたがる心理を引き出す)を発揮した。一方、アンダードッグ効果(判官びいき)は少数の確信的な中道支持層に限られ、それ以外への影響は殆ど見られなかった。


⑦バンドワゴン効果で勢いが生まれた為に、普通なら高市氏が批判を浴びそうな出来事(党首討論のドタキャン、外為特会ホクホク発言、週刊誌による不祥事報道など)でも、それを批判すれば逆に反発を招いて高市支持が高まる現象が起きた。


⑧その一方で、これまで立憲民主党に投票していたリベラル左派系の少なくない有権者が中道から離れた。


⑨オンライン動画やSNSなどを通じて高市支持(=自民支持)の流れが拡大再生産された。

その結果、保守系でも参政党が予想よりも伸び悩み(大幅増の15議席だが目標とした30議席には届かず)、保守党は議席ゼロに終わった。


⑩期間を最短に縮めたことで政府·自民党サイドは“風向きが変わる”危険性を最小限に抑え込んだ。…等々。


なお自民党の勝因にも触れておけば、このタイミングで解散を進言した今井尚哉·内閣官房参与の

勝負勘と、党内の摩擦などを顧慮せずにそれを即座に実行した高市首相の度胸の良さを挙げることができる。


又、政党の本当の支持率を示すとされる比例代表で、自民党が獲得した票数が2078万票だったのに対して、中道の獲得票数は1032万票だった。両者を対比するとおよそ2対1だ。


ところが実際に得た議席数は、自民党が316議席、中道が49議席。6対1以上の大差になっている。これは小選挙区制を採用している為に死票が多く出たことによる。


今回の選挙結果は、中道の野田佳彦·共同代表の引責辞任や馬淵澄夫氏の落選など、皇位継承問題の解決を目指す上で、率直に言って大きな痛手だ。

他にもこの問題に熱心な政治家が大切な局面で議席を失ってしまった。

しかし、改めて言うまでもなく、永田町から良識ある政治家が一掃された訳ではない。

希望を失わず、国民としてできる努力を積み重ねたい。



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