top of page

皇室典範特例法の附帯決議にある「女性宮家」の概念整理

  • 執筆者の写真: 高森明勅
    高森明勅
  • 2025年11月10日
  • 読了時間: 5分
皇室典範特例法の附帯決議にある「女性宮家」の概念整理

平成29年6月に成立した皇室典範特例法の附帯決議には以下のようにあった。


「政府は、安定的な皇位継承を確保するための諸課題、女性宮家の創設等について、皇族方の御年齢からしても先延ばしすることはできない重要な課題であることに鑑み、本法施行後速やかに、皇族方の御事情等を踏まえ、全体として整合性が取れるように検討を行い、その結果を、速やかに国会に報告すること」


政府が、全会一致によるこの決議の趣旨を公然と踏みにじった経緯は、よく知られている通りだ。最も肝心な「安定的な皇位継承を確保するための諸課題」については、全く“白紙回答”だった。


では、ここに出てくる「女性宮家」とはどのようなものか。


「宮家」とは、独立した生計を営まれる皇族の生活単位を指すと理解できる。三笠宮家のご長男として、将来、同宮家を継承される予定だった為に、独自の宮号はお持ちでないまま、父宮より先に亡くなられた寛仁親王のご一家のように、当主が天皇から授けられた宮号を持たなくても、独立生計が認められていれば宮家とされる。


「女性宮家」なら、少なくとも当主が女性皇族でなければならないのは当然だろう。しかし、単に当主が女性の宮家なら全て女性宮家かと言えば、そうは速断できない。何故なら、決議には「創設」とあるからだ。


この決議がなされた当時、高円宮家の当主は既に久子妃殿下だった。

憲仁親王が早く亡くなられていた為だ。

女性宮家が単に女性皇族が当主の宮家を指すのであれば、附帯決議の時点で既に存在していたことになるので、「創設」という言葉は当てはまらない。


よって、附帯決議に記された文脈における「女性宮家」は、そこに更にプラスアルファがなければならない。そのプラスアルファとは何か。想定できる1つは、当主が女性であっても妃殿下ではなく、内親王·女王であること。それならば、附帯決議の時にはまだ存在していなかった。

だから「創設」という表現とは、一先ず矛盾しない。


しかし、どなたが宮家の当主になられるかは、主に当事者に委ねられている。


皇室経済法に根拠を持つ皇室経済会議は、当事者のご意思を受けて、それに同意するかどうかを決める。なので、このケースも、国会が政府に検討と報告を求めるという性格の事案ではない。


しかも、現在の皇室典範のルールでは、内親王·女王が当主になられても、婚姻と共に皇族の身分を離れられる。このルールを維持したままでは、女性宮家を創設する意味は殆ど無い。だから、その撤廃が前提となる。


更に近代以降、皇族の家族は皇族、国民の家族は国民、つまり「家族は同じ身分」という原則が貫かれている。憲法第1章が優先的に適用される皇族と、第3章が全面的に適用される国民が、

社会通念上“一体”と見られることを避けにくい1つの家族を構成する制度は、およそ憲法が予想しないものだろう。


このように考えると、決議中の女性宮家の概念はかなり絞られる。

皇室典範の改正を踏まえ、内親王·女王が当主で、しかも男性皇族が当主となっている場合と同じ扱い、という宮家を想定すべきだろう。


即ち、次の2つの条件を備えたケース、と整理できる。


〈1〉内親王·女王が婚姻後も皇族の身分を保持され、宮家の当主を務められる。

〈2〉その方の配偶者とお子さまも皇族とされる。今、政府が提案しているのは〈1〉だけのケースだ。しかも女性宮家という語を避けている。それは逆に、〈1〉だけでは女性宮家の実態を備えていないことを、示しているだろう。


だから差し当たり、上記〈1〉〈2〉を備えたものが女性宮家という結論になる。

従って、女性宮家を巡る最大の争点は、〈1〉だけでなく〈2〉も制度化できるかどうか、だ。


政府·与党が執着している〈1〉だけなら、それは「女性宮家の創設」とは言えないし、勿論「安定的な皇位継承」とも無縁だ。



▼追記

①11月1日、ネオ書房(ブックカフェ二十世紀)主催の「靖国神社ツアー」。旧知の切通理作氏の依頼でお手伝いさせて貰った。最後はブックカフェに戻って予定外の懇親会も。私には楽しい1日だったが、果たして参加の皆さんはどうだったか。


②11月3日、英国エコノミスト誌から取材を受ける。「大相撲の土俵には女性を上げない慣例だが、高市早苗首相が総理大臣杯を授与する時はどうなるのか?」「女性を土俵に上げないのは神道など日本の伝統的な考え方なのか?」という質問。


③11月3日夜〜6日夕方まで出雲へ。

出雲大社が運営しておられる神職養成機関「大社國學舘」で集中講義。

4日初日に千家和比古·権宮司にお会いして正式参拝。出雲の作法は四拍手だ。

いつもながら学生の躾の良さに感心する。

5日夜は地元の神職達と美味しい地酒を戴く。

天穏、七冠馬、玉鋼など。刺身も新鮮だ。

帰る前に空港近くの石宮神社に案内して貰った。

拝殿だけで本殿が無く、岩自体が御神体という信仰の古い形を残している。


④11月4日、出先ながら永田町方面からの相談に応じる。

以後、何日かやり取りあり。


⑤11月6日、プレジデントオンライン「高森明勅の皇室ウォッチ」公開。

編集部からよく読まれているとの連絡あり。次回は11月28日公開予定。



⑥11月7日、市川市民会館にて「独り芝居 三島由紀夫 昇魂の賦」を観た。

昭和40年生まれの役者の鍛え抜かれた身体に感服。出演者は1人だけだが、見応えがあった。

400人以上入る小ホールはほぼ満席。


⑦10月29日のブログで取り上げた国士舘大学准教授の成瀬トーマス誠氏から丁寧な反論を戴いた。私からの最も本質的な問い掛けへの正面からの回答がなかったのは些か残念。

改めて検証するつもりだ。



 
 
bottom of page