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  • 執筆者の写真高森明勅

亡き母の故郷、倉敷市真備町に天皇·皇后両陛下の行幸啓を仰ぐ


亡き母の故郷、倉敷市真備町に天皇·皇后両陛下の行幸啓を仰ぐ

5月25·26両日、天皇·皇后両陛下におかれては、わが郷里、岡山県を訪れられた。


昭和の2大行幸啓から平成の3大行幸啓、更に令和の4大行幸啓へと増えて来た、両陛下お揃いでの恒例の地方ご訪問の1つ、「全国植樹祭」へのご臨席の為だ。


改めて言う迄もなく、全国植樹祭は昭和時代から行われて来ている。ちなみに、もう一つ昭和時代から行われて来た国民体育大会は、今年から「国民スポーツ大会」に名称が変更された。


全国植樹祭は26日に開催された。この度はご即位後、初めての岡山ご訪問であり、前日にも地元の人々との触れ合いの場が用意された。伊原木隆太·県知事らの出迎えを受けられた後、県立岡山工業高校を訪れられて、生徒たちとの交流の機会も持たれた。


陛下からおことばを賜った生徒の1人は、テレビ局のインタビューに「20年後、30年後、次は立派な土木技術者としてお会いできたらと思います」と答えていた。


地元にいる私の下の弟達もこの日、両陛下を奉迎する人々の輪に加わった。かなり多くの人が集まっていたようだ。


翌日は、ジップアリーナ岡山(岡山県総合グラウンド体育館)での植樹祭の後、わざわざ倉敷市真備町にまで足を延ばして下さった。これは同町が、平成30年に大きな被害を出した西日本豪雨(6月28日〜7月8日)の被災地だった為だ。


真備町は亡き母の故郷だった。被災後の同年9月14日に、当時は天皇·皇后でいらした上皇·上皇后両陛下がお見舞いに訪れて下さったニュースに触れて、既に身体的な衰えが進んでいた母は心から喜んでいた。その姿を鮮明に思い出す。


現地では伊東香織·倉敷市長が復興状況のご説明に当たった。更に、地元住民ともご懇談の時間を取られ、復興に尽力した人達をお優しく労われた。


この時は、上の弟も仕事が休みだったので、奉迎の為に出かけたようだ。

両陛下が乗られたお車を間近に拝し、「感動した」と伝えてくれた。私と違って寡黙な男なので、よほど心を動かされたのだろう。


やはり人出の多さが印象に残ったようだ。もし母が存命であれば、どれだけ喜んだだろうか。


※画像:代表撮影

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