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  • 執筆者の写真高森明勅

皇室は国民という大海に浮かぶ珠玉の船である


皇室は国民という大海に浮かぶ珠玉の船である

日本古代史学の泰斗だった故・田中卓博士の学統に繋がる三輪尚信氏。現代に稀な尊皇家であられ(「昭和の日」運動が本格化する前に、いち早く4月29日の問題点を指摘されたお1人が同氏だった)、かねて個人的にもご教導を賜って来た。


その三輪氏が『国体文化』(平成18年4月号)にお寄せになった文章に、以下のようにあった(今、その現物を書斎から探し出せないので、小林よしのり氏『新天皇論』から再引用する)。


「現在および将来の、皇室の安泰と我が国の健全な在り方を考へる場合、いかに皇室と国民との相互の信頼が重要であるかはいふまでもない。皇室は国民といふ大海に浮かぶ珠玉の船である。その海のみが皇室を護るのであり、その船を抱くことこそが海の喜びと誇りなのである。これが我が国体である」


…「その海のみが皇室を護るのであり、その船を抱くことこそが海の喜びと誇りなのである」という一節には、皇室を戴(いただ)く国民としての使命感と矜恃(きょうじ)が込められていて、 取り分け心に訴える。


「皇室と国民との相互の信頼」については、昭和天皇の「新日本建設に関する詔書」(昭和21年1月1日)に以下のようにあった。「朕(ちん)は爾等(なんじら)国民と共に在(あ)り、常に利害を同じうし休戚(きゅうせき=喜びと悲しみ)を分かたんと欲(ほっ)す。朕と爾等国民との間の紐帯(ちゅうたい=きずな)は、終始相互の信頼との敬愛とに依(よ)りて結ばれ、単なる神話と伝説とに依りて生ぜるものに非(あら)ず」


民族未曾有の敗戦悲境の日にあって、なお国民へのご信頼をいささかもお揺るがせにならなかった、昭和天皇の強いお気持ちを拝察できる。


更に、上皇陛下がご譲位へのお気持ちに滲(にじ)ませられたビデオメッセージ(平成28年8月8日)にも、次のような一節があった。


「天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした」


昭和天皇と上皇陛下がお揃いで、国民への「信頼と敬愛」を語って下さった。国民としてこれほど光栄なことはない。畏れ多いが、天皇・皇室を巡る制度が“最後の奴隷制”に転落するか否かの境目は、国民が心から天皇・皇室への敬愛と感謝の気持ちを抱き、天皇・皇室が国民への信頼を失われない、という一点に懸かっているはずだ。


皇位継承問題に関わって、皇室の方々のご人格を頭から無視・否定しているとしか受け取れない言説を見かけることは、本人たち自身は気づいていないかも知れないが、天皇・皇室を巡る制度を実態において、“奴隷制”と捉えている事実を示す。


これは、単にそのような発言をする者らの人柄の卑しさの問題だけでなく、「我が国体」上、由々しき心得違いだ。


「その海のみが皇室を“護る”のであり、その船を抱くことこそが海の“喜びと誇り”なのである」国民としてこの自覚をもう一度(或いは何度でも)、銘記したい。

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