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  • 高森明勅

皇室にとって「暗い井戸の中」のような日々、いつまで続くのか


皇室にとって「暗い井戸の中」のような日々、いつまで続くのか

かつて平成17年に、天皇陛下の妹宮で、上皇・上皇后両陛下のご長女の紀宮(清子内親王)殿下が、黒田慶樹氏とのご結婚によって、皇族の身分を離れられるに際してのご感想を述べられた中で、敢えて次のように言及されていた。


《暗い井戸の中にいたような》


「(上皇・上皇后)両陛下から学んだことは、悲しみの折にもありました。 事実に基づかない多くの批判にさらされ、平成5年御誕辰の朝、皇后様(今の上皇后陛下)は耐え難いお疲れとお悲しみの中で倒れられ、言葉を失われました。


言葉が出ないというどれほどには辛く不安な状態の中で、皇后様はご公務を続けられ、変わらずに人々と接しておられました。


当時のことは私にとり、まだ言葉でまとめられない思いがございますが、振り替えると、暗い井戸の中にいたようなあの日々のこと自体よりも、誰を責めることもなくご自分の弱さを省みられながら、ひたすらに生きておられた皇后様のご様子が浮かび、胸が痛みます」と。


《事実に基づかない批判が繰り返し許される》


上皇后陛下(当時は皇后)が事実無根のバッシングによって強烈なストレスを抱えられ、お倒れになった平成5年のお誕生日当日に公表された宮内記者会への文書回答には、次のように書かれていた。


「どのような批判も、自分を省みるよすがとして耳を傾けねばと思います。今までに私の配慮が充分でなかったり、私の言葉が人を傷つけておりましたら、許していただきたいと思います。しかし、事実でない報道には、大きな悲しみと戸惑いを覚えます。批判の許されない社会であってはなりませんが、事実に基づかない批判が、繰り返し許される社会であって欲しくはありません」と。


《銃弾が飛ぶまで》


当時、バッシングの先頭に立っていた「週刊文春」の花田紀凱編集長(現在は月刊「Hanada」編集長)は、同日の毎日新聞(10月20日付)で以下のように述べていた。


「小誌の記事が美智子皇后バッシングといわれるのは本意ではありません。強いて言うならば、宮内庁批判のつもりです」と。


この時は、文藝春秋社長宅の寝室の外壁に銃弾2発が撃ち込まれるなどの事件が起き、月刊「文藝春秋」に宮内庁の手塚英臣侍従が「真相」を語る記事が掲載されるなどして、バッシングは一先ず収束に向かった。


《売れるので続けた》


当時、「週刊文春」の編集部にいた人物は後日、ノンフィクション作家・工藤美代子氏の取材に対して、次のように述べていた(『皇后の真実』)。


「特集をやるとやはり売れるんですね、売れるので続けたとは思います。…取材を重ねた結果で間違っていたとは思っていません。…ただ、人の悪口ですからどこまでが本当なのかは検証し切れませんが。…今思えば相手が反論できる大組織だったら問題なかったのですが、反論できない存在であることに気づくのがやや遅かった、ということはあるでしょうね」と。


後に、花田氏は私に対して「若気の至りだった。申し訳なかった」と頭を深々と下げられた。 しかし、今更、私に頭を下げられても何の意味も無い。 「若気の至り」なんて言い訳自体が、自らの行為への反省の無さを暴露している。


今の皇后陛下も長く、「暗い井戸の中にいたような…日々」を経験された。

今もご療養を続けておられる。過日、複雑性PTSDとの診断結果が公表された眞子内親王殿下から、お別れのご挨拶を受けられた皇后陛下、上皇后陛下の心中に去来した思いはどのようなものだったろうか。


こんなことをいつまで繰り返すのか。

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