• 高森明勅

ひな祭り「家庭の中の天皇」



3月3日は「ひな祭り」。

昨年生まれた私の初孫(女子)にとっては初節句(はつぜっく)に当たる。この日の為に、長男の自宅に届いた“ひな人形”の写真が送られて来た。金屏風(びょうぶ)を背景に、人形の側から向かって右側に男雛(おびな)、左側に女雛(めびな)が座り、「右近(うこん)の橘」(人形の側から向かって右側)と「左近(さこん)の桜」(同じく左側)が飾ってある。至ってシンプル。しかし、これで十分、高貴かつ優美な「天皇・皇后とその空間(内裏〔だいり=天皇のお住まい〕、皇居)」を表示し得ている。


まず、男雛の冠(かんむり)の纓(えい、冠の付属具)に注目すると、普通の冠なら下に垂れているのに、ピーンと上向きに立っている。紛れもなく「立纓(りゅうえい)」だ(垂れているのは垂纓〔すいえい〕)。この纓の冠を被(かぶ)ることが許されているのは、天皇ただお一人だけ。ということは、男雛は「天皇」をモデルとしている。


となれば、女雛のモデルは当然、「皇后」に他ならない。男雛と女雛を「内裏雛」と呼ぶのはその為だ。「大内(おおうち=内裏、皇居)雛」、「だいりさま(内裏様)」、「おだいりさま」とも。サトウハチロー作詞の童謡「うれしいひなまつり」の歌詞に「“おだいりさま”と“おひなさま”」とあるのは間違いで、男雛と女雛の一対で「おだいりさま」。


“右近”の橘と“左近”の桜は、元々、平安京内裏の正殿だった紫宸殿(ししんでん、シシイデンとも)の前庭に植えられていた。儀式の際に、紫宸殿の正面=南側階段下の(殿内から向かって)右側に植えられた橘の辺りに右近衛府(うこんえふ=右近)、左側の桜の辺りに左近衛府(左近)の役人らが並んだことから、このように呼ばれた。


今の京都御所の紫宸殿の前庭にも、それぞれ植えられている。古く、左右では、左が上位と考えられていた(例えば、朝廷の左大臣・右大臣では左大臣が上位)。しかし、西洋式では逆に右が上位。日本も明治以降、西洋式を取り入れた。


明治神宮外苑の聖徳記念絵画館に収められている、明治天皇と昭憲皇太后(しょうけんこうたいごう、明治天皇の皇后)がお並びの絵(明治23年1月18日の「歌御会始〔うたごかいはじめ〕」、同27年3月9日の「大婚〔たいこん=天皇のご結婚〕25年祝典」=ヨーロッパの“銀婚式”の風習を取り入れた祝典)を拝見すると、天皇が右側に描かれている(どちらも絵の完成は昭和2年)。


大正天皇の即位礼(大正4年11月10日)では、天皇の高御座(たかみくら)が京都御所・紫宸殿の“中央”に置かれ、皇后の御帳台(みちょうだい)がその左側に置かれた(但し、貞明〔ていめい〕皇后〔大正天皇の皇后〕ご本人はご出産を控え、お出ましは無かった)。


これは本来、①中央→②左側→③右側という順序で、③が無いケースと考えられる。しかし、右と左という見方では、天皇が右側で皇后は左側に見えることになる。天皇・皇后が並ばれるお写真などでは、天皇が右側になられている。


例年の一般参賀の時の、宮殿(長和殿)のベランダでのお立ちの位置や、今年の新年のビデオメッセージでも勿論(もちろん)、同様(以上の左右は全て天皇の側から向かって。念の為)。現在、関東風のひな人形が男雛を右側にしているのは、そうした形を手本としたもの(京風は今も男雛は左側)。


それはともかく、女子のいる家庭で毎年、ひな祭りに飾られるひな人形の多く(内裏雛)は、天皇・皇后と「見立て」られるように作られている(ちなみに、紫宸殿での結婚式〔??〕を模したというのは俗説)。


江戸時代の俳諧(はいかい)を見ると、ひな人形が天皇を表示していることを踏まえた作品が、いくつも見られる。例えば以下の通り。


帝雛(みかどびな)

たみ(民)のむすめ(娘)も

にぎはひ(賑わい)ぬ

(天皇を型どったひな人形を飾って、庶民の女の子も華やいでいる)ー延宝9年(1681年)


大内は

隣(となり)にもあり

紙雛(かみひいな)

(気品溢れる内裏はすぐ隣にもある。ささやかな紙製だけど、内裏にいらっしゃる天皇と皇后を型どったひな人形を飾っているから)ー天和2年(1682年)


毛氈(もうせん、獣毛で織り上げた敷物)で

内裏をつくる

雛(ひいな)哉(かな)

(高級な毛氈を敷いて、内裏らしい優雅な雰囲気を醸し出しているひな人形だ)ー宝暦9年(1759年)


江戸時代の庶民も、雅(みやび)なひな祭り、ひな人形を通して、国家秩序の頂点に位置した「天皇」という存在を、優しく身近に感じていたことが分かる。現在のひな人形で普通に行われている「毛氈」を敷くやり方も、江戸時代から既にあった。

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