「稽古照今」の出典
私がしばしば用いる「稽古照今」という言葉。これまでもあちこちで説明して来たつもりだ。でも余り目に止まっていないようだ。ここでは今更ながら出典についてだけ述べておく。古事記の序文(正確には上表文)だ。 古事記の写本から見たければ、影印本として『国宝 真福寺本 古事記』(昭和53年、桜楓社)、『卜部兼永筆本 古事記』(古典資料類従36 昭和56年、勉誠社)などがある。原文については、差し当たり神道大系・古典編『古事記』(小野田光雄校注、昭和52年、神道大系編纂会)が最も信頼に足るテキストだろう。 訓(よ)み下し文なら日本思想大系本(小林芳規ら校注、昭和57年、岩波書店)や新潮日本古典集成本(西宮一民校注、昭和54年、新潮社)が長年、広く利用されている。 近年の文庫では角川ソフィア文庫本(中村啓信訳注、平成21年)が原文、訓み下し文、脚注、現代語訳を備えて便利だ。序文自体の参考書としては山田孝雄(よしお)『古事記序文講義』(昭和10年、志波彦神社・鹽竈神社)と倉野憲司『古事記全註釈』第1巻・序文篇(昭和48年、三省堂)などがある。取り敢えず序文の該当箇所を新編日本古典文学全集本(山口佳紀ら校注・訳、平成9年、小学館)の現代語訳によって紹介しておく。
「(過去の歴史を振り返ると―引用者)治世に緩急あり、華美と質朴の差はあったけれども、いにしえに鑑(かんが)みて風教道徳のすでに崩れてしまったのを正しくし、今を照らして道と教えの絶えようとするのを補わないということはなかった」訓み下し文では「古(を・に)」「今(を・に)」の助詞の送り方が学者によって区々(まちまち)だ。先に取り上げたものについてだけ見ても以下の通り。
①…「古を稽(かんが)へて」「今を照らし」(山田本・新編本・角川本)
②…「古を稽へて」「今に照らし」(倉野本・神道本・新潮本)
③…「古に稽へて」「今を照らし」(岩波本)。
微妙な違いながら軽視できない。いずれにしても出典については以上。これを元に「稽古照今」という語に私がどのような思いを託しているか。ここから先は、駄弁を弄するより各自の想像力に委ねよう。