• 高森明勅

皇統問題のタイムリミット

皇統問題のタイムリミット


皇位の安定継承を目指す皇室典範の改正。

20年・30年も先まで延ばしてよい、と勘違いしてはならない。

タイムリミットが迫っている。


今のままなら、内親王・女王方は皆様、ご結婚と共に皇族の身分を離れられる。

差し当たり、女性宮家の対象と考えられるのは、天皇とのご血縁が近い内親王方。


しかし、秋篠宮家の内親王方については、眞子殿下だけでなく、佳子殿下についても近頃、(その信憑性はともかく)ご結婚を巡る話題が浮かび上がっている。


10年後には、30歳手前の敬宮殿下も既にめでたく結婚されている可能性がある。

たとえ対象を女王にまで広げても、(女王方は皆様、敬宮殿下よりお歳上であり)その頃は、内親王・女王方はどなたも、ご結婚によって、皇族の身分を去られているかも知れないのだ。


今の皇室典範は(明治典範増補の規定を踏襲して)、一旦(いったん)皇族の身分を離れて「国民」の仲間入りをされた方の皇籍復帰は、一切、認めていない(第15条)。

皇室の「聖域」性を守り、国民との“区別”を曖昧にしない為の、大切な原則だ。


「一たび皇族の身分を去られし限り、これが皇族への復籍を認めないのは、わが皇室の古くからの法である。

明治40年の皇室典範増補“第6条 皇族の臣籍に入りたる者は、皇族に復するを得ず”とあるは、単なる明治40年当時の考慮によりて立法せられたるものではなく、古来の皇室の不文法を成文化されたものである。

この法に異例がない訳ではないが、賜姓(しせい)の後に皇族に復せられた事例は極めて少(すくな)い。

…この不文の法は君臣(くんしん)の分義を厳かに守るために、極めて重要な意義を有するものであつて、元皇族の復籍と言ふことは決して望むべきではない」(葦津珍彦氏)


以上のようであれば、もし「その後」に女性天皇や女性宮家を認める典範の改正が実現しても、“もう手遅れ”。

制度のみがあっても、実際にそれを担う皇族が誰もいらっしゃらない。

なので、全く無意味だ。


そうすると、天皇陛下の「次の世代」で皇室に残るのは、悠仁親王殿下ただ“お1人だけ”となる。

皇位の継承も皇室それ自体の存続も、”たったお1人“の悠仁殿下が結婚されるか否か、ご結婚後にお子様に恵まれるか否か、そのお子様が男子か否かに、“全て”が懸かって来る。

その想像を絶するプレッシャーの中で、果たして悠仁殿下とのご結婚を決断できる女性が現れるか、どうか。ただでさえ皇族のご結婚は、一般とは異なるハードルの高さがある。


しかし、それよりも遥かに至難な事態が予想できる。

その結果、万が一にでも悠仁殿下がご結婚されなければ、畏れ多いがもうそれだけで、皇室は殿下のご一代を最後として、長い歴史に幕を閉じることになろう。

そうした最悪の局面を避ける為にも、可及的速やかに典範の改正に手を着けなければならない。


タイムリミットは、ごく一部で誤解されているような、(今のところ)将来に予想されている悠仁殿下のご即位や、更に先のご譲位の時点なんかでは、勿論ない。

そんな悠長な話では断じてなく、内親王方が(恐らくこの数年のうちに)結婚される“前”に、きちんとした制度改正を行うことが出来るか、どうか。

それによって、皇室が今後も末永く存続できるか否かが「決定」する。


そもそも、当事者でいらっしゃる内親王方は、お生まれになって以来、ご結婚後もそのまま皇室に残られるかどうか(それは目が眩〔くら〕むような違いだろう)、政治の無為無策と国民の無関心のせいで、いつまでもご自身の未来を見通せないまま、現在に至っている(非力ながら、私がこの件で声を挙げ始めたのは、今から四半世紀近く前の平成8年頃から)。


人生でこれほどお辛いことはあるまい。

憲法で自由と権利が保障されている「国民」なら、決してあり得ない残酷さではあるまいか。

人道的な見地からも、もはや先延ばしは許されない。


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