• 高森明勅

日本書紀編纂1300年の日本教師塾

日本書紀編纂1300年の日本教師塾


今年の日本教師塾では、「日本書紀」と「道徳」をテーマに選んだ。

現役の先生方の自主研修としては、ややユニークなテーマ設定かも知れない。

今年が日本書紀が編纂(へんさん)されてから丁度(ちょうど)1300年を迎える(日本書紀の成立は養老4年=西暦720年)こと、又(また)、教育勅語が下されて130年になる(教育勅語の下賜〔かし〕は明治23年=西暦1890年)こと、それらにちなんでテーマを決めた。


来る7月18日は、全3回予定の第1回目。

卓越した力量をお持ちのW先生による、日本書紀を取り上げたモデル授業(1コマ)と、私の講義(2コマ)という組み合わせ。

それに先立って、ここでは些(いささ)か唐突ながら、大川周明の『国史読本』(昭和6年刊行)からの引用を掲げておく。

もう、半世紀ほども前になるだろうか。

私が中学生の頃に読んで、深い感銘を覚えた(漢字が正字で、振り仮名も付いていないので、当時は読むのに些か苦労したが)。


「吾等(われら)は永遠より永遠に亘(わた)る日本的生命の一断面である。

意識すると否(いな)とに拘(かかわ)らず、吾等は国民総体としても、はたまた個々の日本人としても、実に日本歴史の全体を宿(やど)して此(この)世に立つて居(い)る。

今日(こんにち)の日本を知らずして、明日の日本を察し難き如(ごと)く、過去の日本を知らずしては、今日の日本を知るべくもない。

吾等が現に生きつつある国家、並(ならび)に吾等自身を正しく把握するためには、必ず国史を学ばねばならぬ」


「歴史はまさしく吾等の如実(にょじつ)の姿を知るべき鏡であり、歴史を学ぶことは真個の自己を知る所以(ゆえん)である。

真個の自己を知ることなくしては、正しき行動も固(もと)より不可能である」


「如何(いか)なる世、如何なる国といはず、改造又は革新の必要は、国民的生命の衰弱・頽廃(たいはい)から生まれる。

生命の衰弱・頽廃は、善なるものの力弱り、悪なるものの横行跋扈(ばっこ)するによる。

故(ゆえ)に之(これ)を改造するためには、国民的生命の衷(うち)に潜む偉大なるもの・高貴なるもの・堅実なるものを認識し、之を復興せしめることによつて、現に横行しつつある邪悪を打倒しなければならぬ。

簡潔に言へば、改造又は革新とは、自国の善を以(もっ)て自国の悪を討つことでなければならぬ」


「建設の原理は、断じて之を他国に求むべきに非(あら)ず、実に吾衷(わがうち)に求めねばならぬ。

而(しか)して吾衷に求むべき建設の原理は、唯(た)だ自国の歴史に学ぶことによつてのみ、之を把握することが出来る」


「吾国に於(お)ける最初の且(かつ)根本の歴史は日本書紀である。

而して何故(なにゆえ)に朝廷が此の歴史を編修されたかを知ることは、国家と歴史の関係、従つて歴史の重要性を明らかにする上に、極めて肝要なることである。

第一に国史の編修は、国民的自覚の所産である。

自覚は反省を伴ふ。

日本書紀はまさしく強大なる国民的自覚並に反省の所産である。

然(しか)らば其(そ)の自覚は如何にして生まれたか。

そは日本民族の発展が、一定の程度に達せるためなりしことは言ふまでもないけれど、此の内的事情の外(ほか)に、直接にして有力なる外的刺戟(しげき)ありしが故である。

その刺戟とは、取りも直さず支那(しな)との接触である。

我(が)の確立は、非我(ひが)との対立に待つ。

そは個人の場合に於ても民族の場合に於ても同然である。

日本は支那との接触によつて、初めて強大にして明確なる国民的自覚を生じた」


「吾国(わがくに)は支那と交通して、推古天皇以来盛んに隋唐文明を摂取し、大化革新の如き、うち見たるところは恰(あたか)も日本を以て小支那たらしめたるの観がある。

それにも拘らず日本が秋毫(しゅうごう)も昔乍(なが)らの日本(やまと)魂を失はざりしことは、当時吾国の支那に対して採(と)れる態度に徴して明白である。

聖徳太子が隋のヨウ(火+易)帝(ようだい)に対して『日出処(ひ・いずるところ)の天子、書を日没処(ひ・ぼっするところ)の天子に致す、恙(つつが)無きや』との国書を送れる如き、天智天皇が百済(くだら)を援(たす)けて大唐帝国と戦へるが如き、それが当時に於ける最も熱心なる隋唐文明の採用者なりしだけ、それだけ吾等をして感激に堪(た)えざらしむるものである」


「かくの如く支那と接触し、その文明を採用すると共に、国民的自覚もまた強大となれるが故に、日本建国の由来並に精神、これに伴ふ国体の尊厳を内外に明示するため、朝廷に於て国史の編修が企てられたのである」


―当日は、様々な参考文献と共に、雨が強くなければ、10~11世紀頃に書き写されたと見られている、いわゆる岩崎本「日本書紀」(国宝)の巻第22(推古紀)の極めて精巧な複製本なども、会場に持参したいと考えている。

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