• 高森明勅

「空気」の支配


「空気」の支配


新型コロナ“恐怖症”のメディアによる(確信犯的な)「感染拡大」は、奇妙な同調圧力を生み出しているように見える。

その結果、政府もコントロール出来ない「“空気”の支配」が、確かに存在しているのではあるまいか。

実際、他に誰も乗っていない車の中でも、しっかりマスクを着けて運転している人の姿を、頻繁に(!)見かけたりすると、不思議な気分に襲われる。


この場合の「空気」とは、故・山本七平氏の著書『「空気」の研究』での用法による。

同書は、いわゆる「『空気』の支配」を、初めて自覚的に問題提起した著書だ。

オーソドックスな社会科学の方法論では、ややもすると見落としてしまいかねない、日本の社会の実態の一断面に、鋭い光を当てた。


勿論、学術的に精密・厳格な分析という訳ではない。

しかし、人々が余りにも当たり前過ぎて、かえって気付きにくい点をズバリと指摘した、なかなかユニークな立論だった。


「彼は、何やらわからぬ『空気』に、自らの意志決定を拘束されている。

いわば彼を支配しているのは、今までの議論の結果出てきた結論ではなく、その『空気』なるものであって、人が空気から逃れられない如(ごと)く、彼はそれから自由になれない。

従って、彼が結論を採用する場合も、それは論理的結果としてではなく、『空気』に適合しているからである。

採否は『空気』がきめる。

従って『空気だ』と言われて拒否された場合、こちらにはもう反論の方法はない。

人は、空気を相手に議論するわけにいかないからである」


「『空気』とはまことに大きな絶対権をもった妖怪である。

…何しろ(戦時中)、専門家ぞろいの(旧)海軍の首脳に、『作戦として形をなさない』ことが『明白な事実』であることを、強行させ、後になると、その最高責任者が、なぜそれを行なったかを一言も説明できないような状態に落とし込んでしまうのだから…

こうなると、統計も資料も分析も、またそれに類する科学的手段や、論理的論証も、一切無駄であって、そういうものをいかに精緻に組みたてておいても、いざというときは、それらが一切消しとんで、すべてが『空気』に決定されることになるかも知れぬ」


「戦後、この空気の威力は衰えたのであろうか、盛んになったのであろうか。

…相変わらず猛威を振っているように思われる。

…この空気(ムード)が、すべてを制御(せいぎょ)し統制し、強力な規範となって、各人の口を封じてしまう現象、これは昔と変わりがない」


この何ヵ月かに、私らが身近に目撃した光景と、何やら重なるものがあるのではないか。

もっとも、マスクが「口を封じてしまう」のは当然であるが。

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