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  • 執筆者の写真高森明勅

皇室祭祀に天皇ご自身のご見識、ご判断が反映された実例



皇室祭祀に天皇ご自身のご見識、ご判断が反映された実例


一般に、儀式や祭祀と言えば前例踏襲が当たり前で、ましてや皇室の神聖・尊厳な祭祀においては先例からの変更などあり得ない、というイメージを持っている人が多いのではないか。


しかし、改めて言うまでもなく宮中祭祀の場である「宮中三殿」自体が、明治時代に新しく造られている(明治初め以来の変遷を経て、明治22年1月9日に現在地に造営)。


ここでは、天皇ご自身のご見識とご判断、主体性・自発性がダイレクトに祭祀に反映された、比較的近年の事例を紹介しておく。それは、(以前も別の取り上げ方で紹介したはずだが)平成26年4月11日に宮中三殿の皇霊殿で執り行われた「昭憲皇太后百年式年祭」だ。


“式年祭”というのは旧「皇室祭祀令」(明治41年)に規定された臨時祭祀の1つで、神武天皇以来の代々の天皇の崩御(ほうぎょ)から3年・5年・10年・20年・30年・40年・50年・100年、以後は100年ごと(そうした節目の年=式年)の崩御日に当たる日に行われる祭祀だ(例えば、平成28年4月3日には、上皇・上皇后両陛下がわざわざ奈良県橿原市の神武天皇陵〔畝傍山東北陵、うねびやまのうしとらのすみのみささぎ〕までお出ましになって、「神武天皇二千六百年式年祭」が厳重に執り行われている)。


その際、皇后については先代(先后〔せんこう〕)だけが対象となる。平成時代であれば昭和天皇の皇后であられた香淳皇后に限るはずだった。だから当然、3代前の明治天皇の皇后であられた昭憲皇太后の式年祭は、全く予定されていない。


ところが、上記の式年祭が執り行われた。この事実に驚いた私は早速、宮内庁の報道担当窓口に連絡を取った。


しかし、担当者自身がことの重大さに気づいていなかった。私以外にこの事実に反応した研究者やメディアもなかったようだ。そこで以下のように依頼した。


「とにかく、(皇室祭祀のお手伝いをする内廷の部署である)掌典職に確認して下さい。現在も皇室祭祀が依拠すべき枠組みとされている旧皇室祭祀令に規定がなく、勿論、前例もない今回のお祭りが、何故行われたのか」と。


掌典職の中に私の知り合いがいない訳ではない。しかし、この件については私的な人脈に頼るのではなく、正面から宮内庁の見解として回答を得たかった。


ほどなく回答があった。

先ほどの“何をつまらない質問をしているのか”といった、見下げたような担当者の態度が、全く変わっていた。緊張感に溢れる口調で、次のように伝えられた。


「お答えします。ご指摘の通り、今回の祭祀は旧皇室祭祀令に規定がなく、前例もありません。そのような祭祀が何故行われたのかというお尋ねですが、これは陛下(上皇陛下=当時は天皇)の思(おぼ)し召しによるものです。陛下の思し召しです」と。


「思し召し」を二度、繰り返したのが印象に残っている。

恐らく担当者にとっても、掌典職の説明は意外な事実だったのだろう。それでやっと、事柄の重大さに初めて気付いたのだろう。厳かな口調で私に伝えてくれた。


しかし、私にとっては予想通りの回答だった。それ以外にはあり得ないことだからである。


「明治天皇百年式年祭」は既に、平成24年7月30日に同じく皇霊殿で執り行われていた。それなのに昭憲皇太后の「百年式年祭」は行わなくてよいのか、というお気持ちを強くお持ちだったからこそ、この祭祀が厳粛に執り行われることになったのだろうと拝察できる(その背景には、上皇后陛下〔当時は皇后〕の長年にわたるご献身への感謝と敬意という、実感としての裏打ちがあったのではあるまいか)。


そこには紛れもなく、天皇(上皇陛下)ご自身のご見識とご判断、主体性・自発性が反映していたのである。


追記


6月4日、天皇・皇后両陛下には岩手県の高田(たかた)松原津波復興祈念公園で開催された第73回全国植樹祭にお出ましになった。そこでの天皇陛下のおことばには以下のようにあった。


「震災発生から今日(こんにち)に至るまで、数多くの被災者が共に助け合い、また、国内外から多くの支援を受けながら、復興への歩みが進められてきました。震災を乗り越えて、この度、全国植樹祭が開催されることは誠に意義深く、復興に向けた地域の人々のこれまでのたゆみない努力と大会関係者の尽力に深く敬意を表します」


両陛下は前日に現地にお入りになり、同公園で花を供え、東日本大震災での犠牲者に対して追悼のお気持ちを表された。又、津波に耐えた「奇跡の一本松」をご覧になり、被災者らとご懇談の時間を取られた。


同4日、三笠宮妃百合子殿下には百歳のお誕生日を迎えられた。公開された映像を拝見すると、目には知性と強い意志が感じられ、その佇まいからは静かな威厳が伝わってくる。

心からお祝い申し上げると共に末長いご健康を祈り上げる。


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