• 高森明勅

大正天皇の御製詩

最終更新: 1月24日



大正天皇がお詠みになった御製詩(ぎょせいし、漢詩)の数は、歴代天皇の中で随一。しかも桁外れに多い。『列聖全集』(後に「皇室文学大系」として復刊)に収める歴代天皇の中で、最も多いのが嵯峨天皇(第52代)と後光明天皇(第110代)で、共に98首(西川泰彦氏『天地十分春風吹き満つ』)。


これに対し、大正天皇の場合、確認できているだけで1367首という(木下彪氏『大正天皇御製詩集謹解』)。これは、「全集」に収める御製詩の総数358首より多い。大正天皇の御製詩は、雄大な国史の回想からご日常のさりげない感情の動きを写し取った御作など、実に多彩だ。ここでは、「古祠(こし)」(大正3年)一首を謹んで掲げさせて戴く。


林間、古祠有(あ)り。

清浄、霊境と称す。

払暁(ふつぎょう)、神に賽(さい)し来(きた)る。

里人、心自(おの)ずからイマシ(人偏+敬)む。


村の外れの林。その中に、古く小さなお祠(ほこら)がある。常に清らかに保たれ、村人はここを神霊がいらっしゃる場所と呼んで、敬っている。朝早く、日頃の神の恩恵への感謝の気持ちを込めて、皆、丁重にお参りを欠かさない。人々の心は、こうした長年にわたる伝統的な振る舞いによって、自ずから節度を保つことが出来る。


およそ、そのような意味だろう。静かで穏やかな調べ(言葉の調子)の内に、当時の日本人の道徳心の根底に目を届かせられたような御作だ。それにしても、大正天皇はどのようにして、こうした庶民の暮らしぶりをご存じになったのか(西川氏の著書では「東宮〔とうぐう、皇太子〕時代の行啓〔ぎょうけい、お出まし〕の折の見聞」かと想像された)。


国民の生活の実情に深いご関心がなければ、そもそもこうした御製詩が詠(よ)まれるはずはないだろう。

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