先頃、エリザベス女王が亡くなられたことから、わが国の皇室と英国の王室との比較論が語られる機会が増えたようだ。
その中で、示唆に富む指摘がある(皇室の広報を巡る現状への問題提起など)一方、両者の経済基盤の違いにも目を注ぐ必要がある。
日本国憲法第88条には次のような規定がある。
「すべて皇室財産は、国に属する。すべて皇室の費用は、予算に計上して国会の議決を経なければならない」これに対して、英国王室の場合はどうか。「(英国)王室の資産の全貌をまとめるのは簡単ではないが、その富は大きく4つに分けられる。
1つ目は国王に属する『クラウン・エステート(王室の不動産)』で、その資産はクラウン・エステート委員会によって管理される。国王はその委員長だが、事業運営について最終決定権を持っているわけではない。不動産の資産価値は公式には190億ドル以上。
ロンドンの中心街や繁華街、数を増やし続ける風力発電所などが含まれる。王族はここから賃貸収入を得るが、個人的な資産ではないので売買時の利益は受け取ることができない。
2つ目はランカスター公領だ。
2億4900万ドル相当の価値があり、王位に就いた者が所有する。
3つ目は…チャールズが長年、管理してきたコーンウォール公領だ。コーンウォールは毎年数千万ドルの利益を生み出すようになっている。コーンウォールは法人税の納税義務がなく、投資内容を詳しく開示する義務もない。…
最も厚い秘密のベールに包まれている第4の資産が、王族の個人資産だ。タイムズ紙の日曜版『サンデー・タイムズ』が毎年公表している長者番付では、エリザベス女王の純資産は約4億3000万ドルだった」(「FROM The New York Times」『東洋経済』10月8日号)
これらは全て単位がドルだから、厖大な額である。
一方、皇室には元々、被占領下においてGHQによって取り上げられた莫大な皇室財産があった。昭和21年当時の金額で約37億1600万円。
現在の貨幣価値に換算すると、「仮に公務員の初任給や消費者物価などを勘案して500倍とすれば…約1兆8580億円となる」(奥野修司氏『極秘資料は語る 皇室財産』)という(財産の主な中身は森林〔いわゆる御料林〕や有価証券など)。
近代皇室にとっての「皇室財産」の意義を考える場合、福沢諭吉の議論(『帝室論』明治15年〔1882年〕)を無視できない。その趣旨を葦津珍彦氏が分かりやすく以下のようにまとめている。
「世俗国家に避けがたい政治経済の自由競争の欠陥の上に、超然として君臨して、社会のあらゆる領域で、高尚重厚の非営利的文化と精神道徳を確保して行く、私的個人エゴに流れて行く人心を反省せしめて行く、そのやうな偉大にして聖なる存在が、世俗政治の圏外になくてはならない。それを福沢は、皇室に期待した。
皇室は政治圏外に超然として、学問芸術等を保護し、道徳的人心を重厚に導き、博愛、慈善の業を興すなど、世俗国家の力の及ばない社会全領域での高尚にして偉大な活動をなさらねばならない。それには当然に大きな皇室財産の基礎を要すると力説した」(葦津氏「明治以後皇室財産制度の法思想史」、皇室法研究会編『共同研究 現行皇室法の批判的研究』)
念の為に、皇室財産が活用された具体例を1つだけ挙げておく。大正12年(1923年)の関東大震災の際だ。この時、皇室は直ちに「御救恤金(ごきゅうじゅつきん)」1000万円、現在の貨幣価値に換算しておよそ300億円もの金額を下賜(かし)されている。これが当時、悲嘆のどん底にあったの人々にとって、どれだけ大きな救いになったかは改めて言うまでもない。
「戦後体制からの脱却」は保守派の決まり文句だが、GHQによって解体された皇室財産への言及をほとんど聞いたことがないのは何故か(憲法改正論でも第88条はほぼ見逃されている)。
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