• 高森明勅

日本国憲法を「無効」と見る意見とそれへの批判を整理する

最終更新: 5月14日


日本国憲法を法理上、「無効」と見る学説がある。

いわゆる日本国憲法無効論だ。井上孚麿『増訂 憲法研究』『現憲法無効論』がその代表的な業績と言える。

勿論、少数説ながら、トンデモ説として無視されるのではなく、独自の学説として、きちんと批判の対象になっている。どころか、以下のような評価さえある。「無効論は法理論として明快であり、スジが通っている」(百地章『憲法の常識 常識の憲法』)と(但し同氏は無効論者ではない)。

簡単にまとめると、次のような見方だ。


「(1)日本国憲法は帝国憲法の改正としてなされたが、憲法所定の限界を逸脱していること、(2)唯に改正の限界を逸脱しているばかりでなく、『改正』の名において帝国憲法そのものを全面的に『廃棄』していること、(3)日本国憲法の成立の全過程を通じて急迫不当の強要が行われていること、(4)天皇も政府も占領軍司令官に従属するものとせられ、 統治意思の自由が失われていた占領下において行われたことなど」(小森義峯『日本憲法大綱』)。


これに対する主な批判は以下の通り。


「(ⅰ)論理的にみて瑕疵ある行為を直ちに無効とみる点において妥当でないほか、(ⅱ)実際的にみても、これまでに制定され、整備された法令や制度をすべて無にしてしまうという難点があって、採用することができない」(大石眞『憲法講義Ⅱ〔第2版〕』)


「日本国憲法がまがりなりにもわが国自身によって制定されたものであるから、同法規(1907年のハーグ陸戦法規に、占領者は絶対的支障のない限り現行法律を尊重すべきことが規定されている)違反を理由に無効を帰結するのは無理であろう。…確かに厳しい事情下にあったといわざるをえないが、そういう事情の中での日本政府の独自の決断と国民の判断がなされたとみるべきではないであろうか」(佐藤幸治『日本国憲法論』)


先ず、後説に対しては、既に「(当時)日本側の自由な意思はありえなかった」(大石・前掲書)という批判がある。前説(ⅱ)は、無効論への誤解に基づく批判だろう。

「無効確認がされたからといって、戦後…『日本国憲法』に基づき日本国が行ったことは全てなかったことにされるわけではないし、全て無効であったことにされるわけではない。 …無効確認の効力は、将来に向けてのみ発生するのであり、過去に遡ることはない」(小山常実『憲法無効論とは何か』)


「もちろん文字通りの無効(遡及的無効)を主張するわけではない。しかるべき機関(実質的には国会、形式的には天皇)が無効を宣言することにより、新たな改正憲法の成立を条件として、将来に向けて無効とされうるとするのである」(長尾一紘『日本国憲法〔全訂第4版〕』)


残る前説(ⅰ)は、逆に「瑕疵ある行為」を敢えて“有効”とする根拠が求められる。これについて、これまで提出されているのは「法定追認説」だ。「占領期間中は『占領法規』にすぎなかった日本国憲法は、日本の独立後、国民から黙示の追認を受けて、真の意味での『憲法』に生まれ変わった」


「この見解(追認説)が時効の観念、慣習法の観念を前提とすることは明らかである」


「追認説は、日本国民が独立によって自由を回復したのち、みずからの自主的判断によってこの『占領法規』を『憲法』として承認したと主張する」(長尾・前掲書)


「国家そのものに主権がない占領下では、国民主権を語る前提がそもそもない。そこで、日本国憲法の有効性を説明できるとすれば、それは、日本が独立と主権を回復した時点からであろう。それ以降においては、占領下で制定された憲法を破棄したり改正したりすることが可能であったにもかかわらず、憲法の維持を選択したという国民の意思を見いだすことができる。つまり瑕疵ある憲法を消極的にではあるが事後的に承認したと見るのである」(片桐直人・井上武史・大林啓吾『一歩先への憲法入門』)


興味深いのは、無効論も法定追認説も、共に日本国憲法は元々「憲法という名の占領法規」だったと見ている点だ。“占領法規”だったのだから占領解除と共に、法理上は「無効」になったと見るのが無効論で、解除後、国民の「追認」を受けたと見るのが法定追認説と整理できる。