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  • 執筆者の写真高森明勅

父と祖母


特攻隊

父と祖母

私の父は特攻隊の生き残りだった。

幼少の私に、自分が母親にも内緒で特攻隊を志願した思いを、繰り返し語った。敗戦によって世の中の“空気”がどんなに変わっても、特攻隊を志願した「17歳の自分」を、生涯、決して裏切らない、と。そして実際、そのように生きた。恐らく、それが私の“原点”なのだろう。


但し、わが家は共働きで、私は祖母(つまり父の母親!)に育てられた。祖母は離婚していたので、父を女手一つで育てた。大変な苦労があったようだ。父は祖母にとって、親孝行で自慢の一人息子だった。その最大の愛情を注ぎ、頼りにもしていた息子が、自分に何の相談もせず、必ず死ぬ事が分かっている特攻隊に志願した。その時の驚きと悲しみ。深い絶望。祖母はそれらを、幼い私に繰り返し語った。


あわせて、空襲で逃げ惑った話など、戦時中の辛い体験も、本当に身震いしながら話してくれた。「戦争はこりごり。もう二度と嫌だよ、あんなの」と。苦労して自分を育ててくれた、誰よりも大好きな母親が、どんなに嘆くか。その事を痛いほど分かっていながら、それでもやっぱり特攻隊を志願する他ないと思い詰めた父。息子に裏切られたとまで感じて、 絶望の淵に投げ込まれた祖母。


どちらが〇でどちらが×か、という単純な話では勿論ない。人生の複雑さというものを、漠然とながら、私はその頃から気付き始めていたのかも知れない。

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