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敬宮殿下が初の海外公務ラオスご訪問でより上のステージに

  • 執筆者の写真: 高森明勅
    高森明勅
  • 12 分前
  • 読了時間: 4分
敬宮殿下が初の海外公務ラオスご訪問でより上のステージに



天皇皇后両陛下のご長女、敬宮殿下が11月17日から22日まで初めての海外公務でラオスを訪れられた。


日本とラオスの外交関係樹立70周年、JICA海外協力隊が初めてラオスに派遣されてから60年の節目の年に当たることから、このたびのご訪問が決まった。


敬宮殿下は入念なご準備の上で、今回の初めての海外公務に臨まれた。ラオスは国賓に準じたご待遇で丁重に迎えてくれた。結果としては、大方の予想を更に上回る大成功だった。

敬宮殿下を迎えたラオスの人々だけでなく、現地でのご様子を取り上げたメディアの報道を通じて、日本国内でも幅広く、輝くようなお人柄が改めて強く印象付けられた。


例えば晩餐会でおことばを述べられた時、そのおことばの内容の周到なご配慮と格調の高さは勿論ながら、通訳がラオス語に翻訳している間にも、穏やかなご表情で会場の参加者に目を向けられて、ご自分のメッセージが人々にどのように受け止められているかを、感じ取ろうとされていた。


又、敬宮殿下が次に移動される近くの場所をお伝えした男性に対して、その一瞬の間もお座なりな対応をされず、しっかりとその人にお顔を向けて感謝のお気持ちを伝えられた。

殿下が通り過ぎられた後に、その男性がいかにも幸せそうな笑顔を浮かべている映像が、話題を呼んだ。


或いは、日本のNPO法人が開設した「ラオ·フレンズ小児病院」を見舞われた時、入院している子供から象のぬいぐるみを贈られた。その後、敬宮殿下のご移動に合わせて、側近の者が何人か、邪魔にならないように気を遣って、そのぬいぐるみを受け取ろうとしても、すぐに手渡すことはされず、優しく抱え続けて、子供の好意をないがしろにされないお気持ちをさりげなく示されていた。


もとより、ラオスの国家元首であるトーンルン・シースリット国家主席と一対一で落ち着いて堂々と会談されたことも、23歳のお若さとは思えない風格を感じさせた。


成田空港にお戻りになった時に、お出迎えした1人で、国土交通省航空局の官僚で成田国際空港長を務めるナカムラ(中村?仲村?)氏が、殿下に直接こんなことを申し上げていた場面が映し出された。


「(ラオスでのご様子を拝見して)ファンになってしまいました」と。一昔前なら不敬な振る舞いとして、右翼から糾弾の対象になりかねなかっただろう。だが、むしろ同氏の率直な発言に共感する人たちが多かったようだ。多くの国民が、ラオスでの敬宮殿下のなさりようのご立派さを拝見し、その存在感はますます大きなものになったと言える。


今回のラオスご訪問は、敬宮殿下ご本人にとっても、貴重なご経験という以上に、大役を無事に果たされ、更に大成功という結果を残されたことで、確かな自信に繋がったのではないだろうか。


ご感想を帰国直後に公表された。そこまでがご公務と捉えて、お疲れの中でも寸暇を惜しんで、準備に当たられたことが想像できる。その中に次の一節があった。


「私も、上皇上皇后両陛下、天皇皇后両陛下を始め、皇室の方々の歩みを受け継いでいく思いを新たにするとともに…」と。

皇室の将来を自ら担おうとされる強いご覚悟が伝わるおことばだった。


▼追記

①先にも紹介した11月20日発売の「週刊文春」のトップ記事は「ラオス大歓待で再燃する『愛子天皇』待望論」(4ページ)。記事の締め括りは私の次のコメントだった。


「国民に敬愛される両陛下のお子さまとして愛情深く育てられ、お二人のお気持ち、お考えを深く学んでこられた愛子さまは、誰よりも天皇に相応しい。令和の時代、女性という理由だけで愛子さまが天皇になる選択肢が除外される現行の皇室典範は、時代錯誤と言わざるを得ないのです」


実は取材依頼を受けたのは17日の月曜日。

当日直ちに取材に応じて、翌18日の火曜日に記事をチェックし、更に同日夕方に追加取材を受けた。その翌々日の20日木曜日には、各地の書店で売られるのだから驚くべきペース。

紙の雑誌は軒並み発行部数を落としているが、同誌は今のところ年間の平均発行部数ほぼ40万部を維持しているようだ。


②プレジデントオンライン「高森明勅の皇室ウォッチ」今月2本目の記事は11月28日に公開。


③11月29日、高森稽古照今塾の有志で立川市の昭和天皇記念館から八王子市の武蔵陵墓地へ。

 
 
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