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  • 執筆者の写真高森明勅

皇位継承を巡って男系派と女系派が激しく対立という幻想



皇位継承と男系派と女系派

皇位継承の行方を巡って、男系論者と女系論者が激しく対立しているという見方がある。

女系派はいない

しかし、女系論者というのは恐らく“いない”はずだ。女系論者ならば、皇位継承について女系に“限定”する(女系絶対)か、少なくとも男系よりも女系の方を“優先”する(女系優先)という立場だろう。


だが、側室制度を前提とした非嫡出・非嫡系による継承可能性が排除されて男系“限定”が困難であれば、当然ながら女系“限定”も同じく困難。男系限定による皇位継承の困難さに気づいている人々が(最低限の論理的思考力を持っている限り)女系限定を唱える余地はない。


また、とにかく男系男子でさえあれば、今の皇室とは無関係に生まれ育った場合でも、そちらを優先するという、皇室の「聖域」性を無視した態度に疑問を感じている人は、天皇が国民にお寄せになるお気持ちを最も自然に受け継がれている“直系”のお子様がおられる時は、男女の性別に関わりなく、その方に皇位を継承して戴くのが相応しいと考えている以上、あくまでも「直系」優先であって、決して「女系」優先ではない。

男系派も「女性・女系天皇」を容認

一方、男系論者とされる方々も、以下のように発言されている。


「万一の場合には、皇統を守るために、女帝さらには女系の選択ということもあり得る」(百地章氏『憲法の常識 常識の憲法』)「正直に言えば私とて、女性天皇に絶対反対というわけではない。男系継承という道を探して、万策尽きた場合には女性天皇も女系天皇もやむを得ないとは思う」(八木秀次氏『本当に女帝を認めてもいいのか』)


「智恵をしぼり、それにもかかわらず、どうしても男系継承の維持は不可能だと分かってはじめて、これは御神意なのだと納得して女系を謹んで受け入れる、これが歴史を重んじる者の正しい順序や態度なのではないのでしょうか」(新田均氏「師・田中卓氏への諫言 女系天皇は、なりません」)


「(男系維持が)できないならば、『仕方ない、女系継承もあり得る』という立場です。『女系継承であれば、もはや天皇ではない』という見解がありますが、私はそういうことは言いませんし、思いません」(宇山卓栄氏『世界史で読み解く「天皇ブランド」』)


皆、男系“絶対”(=女系排除)ではなく、男系“優先”(=女系容認)という立場だ。

しかし、旧宮家系国民男性または広く国民の中の「皇統に属する男系の男子」が“特権的”に皇籍を 新しく取得する方策は、明らかに憲法に違反する(第14条が禁じる「門地による差別」に当たる)以上、すでに「万策尽き」「男系継承の維持は不可能」なので、「皇統を守るために」「女系継承もあり得る」という結論を受け入れるるべきではないか。


それとも何か、“神風”が吹くのを待つ以外に、これまで全く知られていない、妥当かつ実現可能な具体的対案があるのだろうか。

追記

4月29日、プレジデントオンライン「高森明勅の皇室ウォッチ」で拙稿「皇位継承順位は第1位でも『秋篠宮さまは即位するつもりはない』と言えるこれだけの理由」を公開。

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