• 高森明勅

昭和天皇の「戦争責任」?



昭和天皇の「戦争責任」?

かつて昭和天皇の「戦争責任」が明確な悪意から盛んに議論された時期がある。それに対し、これまで最も包括的・理性的に整理と検証を行ったのは、大原康男氏の「『天皇の戦争責任』覚え書き」(『象徴天皇考』所収、初出は昭和53年)だろう。


先ず、「戦争責任」という曖昧な概念を4つのカテゴリーに分類された。


1、開戦責任―戦争を開始した事に関わる責任。

2、戦争遂行責任―戦争を遂行する過程に関わる責任。

3終戦責任―戦争を終結した事に関わる責任(終わらせ方に対する責任)。

4、敗戦責任―戦争に敗北した事に関わる責任(結果に対する責任)。


次にそれらについて、「国内的」「国際的」に次の3種類の責任内容が問われる、とされた。


(1)法律的責任―不法な行為(犯罪もしくは他人に対する侵害行為)をなした場合に科せられる法律的制裁(一般に刑罰もしくは損害賠償)

(2)政治的責任―権力の行使によって政治的に一定の結果が生み出された場合、この結果に対して負わねばならない政治的行為者の責任。

(3)道義的責任―(1)(2)がクリアされても、なお自己の良心において負担せねばならない内面的な責任。その上で、詳しく検討を加えられた。その結論は、およそ以下のようなものだった。


「敗戦は、開戦行為、戦争遂行行為、終戦行為のトライアングルの中に、拙劣な戦略と、経済力の格差が生み落とした苦(にが)い果実である。それぞれの〈行為責任〉については、天皇が法律的にも〈責任〉がないことをすでに詳しく論証してある。原因なる行為に〈政治的責任〉がないならば、これらの行為の結果の総体である敗戦という事態に対する〈政治的責任〉など生じようがない」


「(道義的責任については)開戦に際して、個々の戦争指導の実際に臨んで、そして終戦に直面して天皇がとられた行動のあとをもう一度丹念に見直すことが肝要だろう」


「(昭和天皇の)『一切の責任を自分が負う』というご覚悟は良心の呵責(かしゃく)という水準を越えている。もう一つ次元の高い何かがある。このようなお気持(きもち)で戦後…を歩んでこられた天皇に、これ以上どんなことを要求しようというのだろうか」


今後も新しい史料の発見や史料分析の進展はあるだろう。しかし、議論の基本的な枠組みや上記の結論が大きく覆(くつがえ)る場面は予想しにくい。


何よりも重要なのは、「あったか、無かったか」という詮索以前に、昭和天皇ご自身がご生涯をかけて、本来はご本人に帰すべきではない責任をも「一切の責任を自分が負う」として、自ら進んで黙々と背負い続けられた、という事実そのものだ。

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