戦乱が続いた南北朝時代の人物で、南朝方の重臣であり、中世における「神国」思想の大成者とされる、北畠親房。その代表的な著書が『神皇正統記』だ。
同書の冒頭が「大日本は神国なり」で始まることは有名だろう。
では、日本は何故、「神国」なのか。それは「天祖(=国常立尊〔くにのとこたちのみこと〕)はじめて基(もとい)をひらき、日神(=天照大神)ながく統を伝へ給(たま)ふ」、そのことは他国に類例を見ないからである、というのが親房の主張だ。
『日本書紀』正文の冒頭に登場する国常立尊について、国の基を開いた「天祖」と表現しながら、一方で当然ながら天照大神こそ“皇統”の根源(皇祖)と位置付けていた(この点は、同書中に同神を「皇祖」と明記していることからも疑う余地がない)。
その上で、天照大神以来の皇統が長く受け継がれ、断絶がないことを「神国」の根拠としていた。
更に、これまで皇位が正しく継承されて来たのも、「我が国は神国なれば、天照太神(原文のママ)の御計(おんはからい)にまかせ(任せ)られたるにや」という記述も見える。
これは、天照大神を“皇位”の根源とする歴史観を示している。一般に、社会の中で武力が大きな価値を持つ時代には、世の風潮は男尊女卑に傾きがちである。南北朝時代もその例外ではなかっただろう。それでも、皇位・皇統の根源は女性神である天照大神とする見方に、揺らぎのなかったことが分かる。
追記
4月14日公開のsmartFLASHにコメントが掲載された(タイトル、小見出し等は勿論、編集部による)。同日、清話会の依頼により靖国神社にて昇殿参拝の後、境内の靖国会館で講演し、更に遊就館でも展示物について解説した。