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  • 執筆者の写真高森明勅

皇室の祖先神が天照大神である信仰上の事実を踏まえ神話誕生


皇室の祖先神が天照大神である信仰上の事実を踏まえ神話誕生

神話と事実・現実との関係について、誤解をしてはならない。

まず世界(事実・現実)がある。その世界の由来や意味を解き明かそうとして、古代的思考が生み出したのが神話だ。だから当然、神話は世界の存在を前提とする(マルクス・ガブリエル的な

「なぜ世界は存在しないのか」といった哲学上のややこしい議論には、差し当たり立ち入らない)。


その世界(現実)→神話という順序を間違えてはいけない。


例えば、地球上の各地に見られた「死の起源」を巡る神話を取り上げてみよう。死の起源についてこれまで知られている最古の神話は、『ギルガメシュ叙事詩』に含まれる。あるいは、最も有名なのは『旧約聖書』の「創世記」に出てくるアダムとエバの“楽園追放”の物語だろう。


その他、一々挙げないが、それら全てに共通するのは、「…という理由で人間は死ななくてはならなくなった」という結末だ。理由付けはバラエティに富んでいても、結末だけは同一だ。

これは何故か。


「人は死ぬ」という目の前の揺るぎない現実からスタートして、その誰も避けることができない悲しい現実の由来を解き明かし、納得しようとする古代人の普遍的な心の営みとして生まれたのが、死の起源を語る神話だったからだ。だから、その結末は必ず「人は死ぬ」という現実に回帰する。


仮に誰か変人が「…という理由で人は死ななくなりました」という物語を妄想しても、目の前の事実に対して全く説得力もリアリティーも持ち得ない以上、人々に受け入れられる余地はない。


日本神話における天照大神の位置付けについても同様だ。まず、天照大神が皇室の祖先神として信仰されて来たという、歴史上の現実があった。そのことは、天照大神を祀る伊勢の神宮に対する皇室の崇敬ぶりから明らかだ。


神宮の成立は第11代・垂仁天皇の時代に遡る(田中卓氏『伊勢神宮の創祀と発展』、岡田荘司氏「伊勢神宮」、拙著『歴史から見た日本文明』第4章、荊木美行氏『日本書紀の成立と史料性』など参照)。


その後、史料の制約もある中で、第12代・景行天皇、第21代・雄略天皇の時代に関連記事が見えている。第40代・天武天皇から以降は第126代・今上陛下に至るまで、僅かに第85代・仲恭天皇(3カ月足らずで退位し、歴史上「九条廃帝」と呼ばれ、明治3年に歴代に加えられた)と第98代・長慶天皇(南朝の天皇で史料が残っておらず、大正15年になって歴代に加えられた)という特殊ケースの2例だけを除き、代々“全て”の天皇が神宮への「奉り物」「奉告」「祈祷」などを重ねて来られた事実を確認できる(八束清貫氏『皇室と神宮』ほか参照)。


又、律令制下で神宮が唯一の「大社」という格別の地位を与えられていた事実(瀧川政次郎氏「律令における太神宮」、利光三津夫氏「律令にいう『大社』の意義と『大社』破壊の罪の性格」、渡辺寛氏「律令における『大社』について」、楠本行孝氏「律にみえる『大社』についての一考察」参照)も、見逃せない。


いずれにしても、天照大神が紛れもなく皇室の祖先神として信仰され、崇敬されて来たという事実・現実があって、その事実・現実の由来と意味を解き明かす物語として大神を巡る神話が生まれた。


従って、現代における神話解釈の在り方は多様であり得るが(それにしても勿論、きちんとした解釈の手順を踏む必要がある)、それによって神話の前提となった天照大神が皇室の祖先神であるという信仰上の事実は、1ミリも動かない。事実→神話という順序だから。


近頃、皇位の安定継承を巡る議論の中で、失礼ながら神話に不案内とも思える人らが、女性神が皇室の神話上のルーツであることに(いささか滑稽な)政治的警戒心を抱き、神話について素人解釈を披露して、天照大神が皇室の祖先神であるという長年にわたる信仰上の不動の事実を否定しようと、無駄な(かつ皇室に対して不敬・非礼な)努力を続けているという話を耳にする。


やれやれ。



追記

今月のプレジデントオンライン「高森明勅の皇室ウォッチ」は今のところ2月17日、午後1時に公開の予定。去る2月10日に衆院内閣委員会で行われた、皇位の安定継承を巡る立憲民主党・馬淵澄夫議員の質疑を取り上げる。

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