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  • 執筆者の写真高森明勅

台湾との防衛対話が「空白」

更新日:2021年1月18日

台湾との防衛対話が「空白」

海上自衛隊幹部学校から『海幹校戦略研究』最新号(第10巻1号、令和2年7月刊)が送られて来た。


その中に、防衛研究所教育部長の山本勝也1等海佐の論文「安全保障の空白 最も脆弱(ぜいじゃく)な台湾正面」が載っていた。

読んで驚いた。


安全保障上の観点から、日本は自国を取り巻く(北朝鮮を例外として)全ての国々と、危機的な事態を回避する為に、何らかの形での相互的(2国間の)又は多元的な(多国間の)コミュニケーションの仕組みを構築している。


ロシア、中国、韓国、皆しかり。

にも拘らず、台湾との間にだけは、意志疎通のチャンネルが“全く”存在しない、と。

これは意外。迂闊(うかつ)では済まない話だ。


例によって、中国の「1つの中国」(台湾も中国の一部)論という虚構への配慮が原因か。

以下に山本氏の問題提起を紹介する。


「冷戦の頃より、意図的な侵略はともかくとして双方が望まない不測の衝突や偶発的な事故から発生する危機的な事態を回避するための努力が行われてきた。

…国際社会では、予防や、万が一、危機を防止できなかった場合の危機拡大の抑制・極小化のためのバイラテラル(2国間)及びマルチラテラル(多国間)なコミュニケーションが図られている。

その1つが、防衛首脳レベルの交流、防衛当局者間の定期協議、部隊間の交流、留学生の交換、研究交換といった各種レベルによる平素からの多様な交流枠組みであり、2つ目は偶発的危険を回避するための船舶・航空機の行動規定や、緊急時に双方の司令部間や相対した船舶・航空機間で直接対話ができるホットラインの構築などのルール設定である。


日本をはじめ国際社会はこうした取り組みを通じて相互の理解と信頼の醸成を図っている。

日本の場合も、北方領土や竹島を不法に占拠しているロシアや韓国、尖閣諸島の領有権や東シナ海ほぼ全域の主権的権利を主張する中国など、日本と相容(あいい)れない主張を繰り返す多くの隣人たちとの間では、『日露海上事故防止協定』や『日中海空連絡メカニズム』等に基づくホットラインをはじめとするバイラテラルな連絡枠組みや、拡大ASEAN国防相(こくぼうしょう)会議(ADMMplus)や西太平洋海軍シンポジウム(WPNS)など防衛当局間による様々なマルチの枠組みを通じて意志疎通や相互理解、認識共有などが図られている」


「日台(日本と台湾)のバイラテラルな枠組みのみならず、ADMMplusやWPNSなどのマルチの枠組みにも台湾が参加していないために、隣人同士でありながら防衛当局間における意志疎通や認識共有ができない状態にある。

…このような視点で俯瞰(ふかん)してみると、コミュニケーションの不自由な台湾に接する日本の南西域こそが、四周を海に囲まれた日本の領域において最も脆弱な境界を形成しているということを浮かび上がらせてくれる」


「着実に深化している台湾の民主主義社会と強固な米国との安全保障関係の下において、台湾が日本との関係を重視する立場に立つ限り、たとえ日本と台湾との間で予期せぬ衝突が生起した場合であっても、そのような事態が日台の二者のみの問題として留まるのであれば、危機の拡大を防ごうとする双方のリーダーシップによってエスカレーションを抑えることができるかもしれない。


しかし…日本と台湾の間に生じた危機に中国が介入する可能性は排除できない。

これまでも中国は尖閣問題に対する共同対応について台湾に繰り返し呼びかけている。

中国が日台間の危機に介入するようなことになれば、事態は一層複雑かつエスカレートする恐れがある」


「安全保障において、日本の南西域にコミュニケーションの不自由な空白域があることは明確である。

最も親日的な隣人、文化的類似性と民主主義社会、強固な対米関係といった眼前の台湾側の『善意』にばかり頼っていては将来にわたりこの空白は解消し得ない。

台湾を中台関係、米中、米台関係の従属変数として考えるのみならず、日本の安全保障環境を左右する重要な独立変数として捉えることが必要であろう。

もちろん台湾の民意が日本への武力行使を含む敵対的な行動を容認するような反日感情に転向させないための日本の主体的な努力が必要であることは言うまでもない」


すこぶる重要な問題提起だろう。

親日・台湾への信頼関係と友情といった情緒レベルのみならず、純粋に軍事合理性の面からも、とても看過できない問題だ。


このような安全保障上の重大な「空白」は、政治サイドの知恵と勇断によって、速やかに解消されねばならない。


追記 

7月30日午後7時過ぎに台湾の李登輝元総統が97歳で逝去された、との報に接した。

台湾民主化の偉大な指導者であられた。

靖国神社に尊兄が合祀されているので、平成19年6月7日に参拝されたのを思い出す。

当時の南部利昭宮司のご尽力による。謹んで敬悼の誠を捧げます。

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