国民と歴史
- 高森明勅
- 2018年8月28日
- 読了時間: 1分
先日、紹介した「記憶」を巡る小泉今日子氏の一文。
そこでの「私」「自分」を“国民”に置き換えると、
殆どそのまま「歴史」への洞察と言い得るのではないか。
「私の心の中に詰まっている様々な記憶は
過去からの優しい風のように、 今の私を慰め、励まし、奮い立たせてくれる。
良い事も、悪い事も全部が愛しい大切な思い出。
私の記憶は私が私であることの証明みたいなものだ」
「自分のことを好きだと感じることは簡単そうで難しい。
生きていれば次から次へと新たなステップを超えなければ
ならないから自分を見失いそうになる。
大切な思い出はそんな時、頼もしい道標になってくれる」
―
いかがだろうか。