• 高森明勅

中央線の偶然



中央線の偶然

先日、新宿駅から中央線で東京駅に向かっていた。私の隣に年配のご夫婦。「似ている」「似ていない」「本人では?」「いやいや」とヒソヒソ話。私は上の空で聞き流してした。ところが、ご婦人が「高森メイチョク先生では…」と誰に言うでもなく、急に聞こえよがしに声を高められた。「ハァ? 私、高森ですが」と名乗ると、喜色満面。「やっぱり先生だった!」とご主人の肩をドンと叩く。 「いやねぇ、私が高森先生だって言うのに、この人ったら、他人の空似だなんて。だから、ダメ元で“高森先生じゃない?”って大きな声で言ったのよ。違っていても失礼じゃないように。だって、ご本人だったらもったいないでしょ。こんな偶然なんて、もう二度とないんだし」と。ご主人はますます緊張して小さくなっておられる。 「随分昔に、拓殖大学で先生の社会人向け公開講座を拝聴し、別の企画で九州の宮崎・鹿児島方面の“神話の天孫降臨の伝承地を巡る旅”でもご一緒させて貰いました。その後も、テレビなんかでお顔を拝見しているので、見間違えるはずありません。あの頃より貫禄はつかれましたが、いつまでもお若いですね」という話。もう十数年も前の事だ。 申し訳ないが、こちらの記憶は結構あやふや。でも知的な女性で、何駅か通過する間、楽しくお喋り。神保町の古書展に出かけるとか仰って、御茶ノ水駅で降りて行かれた。これまで、全く見ず知らずの方から突然、声を掛けられた経験は何度かある。でも、こんなケースは珍しい。私が解説した「神話の旅」は、何年経っても印象深い行事だったと、しきりに語って下さった。気持ちの良い体験だ。 …でも、私とご婦人の間に座っておられたご主人は、最後まで強張(こわば)った笑顔で、一言も発しないまま別れた。

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