高森明勅

2021年4月14日2 分

神保町で見つけた、ちばてつや氏の『わたしの金子みすゞ』

神保町で見つけた、ちばてつや氏の『わたしの金子みすゞ』

神保町の古書店街の外れ。集英社近くの、靖国通りから裏側に入った道沿いに、小さな古本屋がポツンとある。
 

この店にほぼ月に1度は訪れる。毎月、その近くに用事があるので、そのついで。店の名前は「手文庫」。
 

改めて言うまでもなく、“手文庫”というのは、手近に置いて文具や手紙などを入れておく小箱だ。こんな店名にも、店主の奥ゆかしさが伝わってくる。店主はやや年配の上品なご婦人。
 

以前、倉敷の美観地区の端っこ方にある「虫(虫×3)文庫」という古本屋を紹介したが、何か共通した空気がある(どちらも店名に“文庫”があるのも、面白い偶然)。狭い店内は、店名通り文庫本が主体ながら、貴重な文庫も少なくない。私の興味で言えば、石田英一郎『文化人類学ノート』(昭和30年、河出文庫特装版)とか。詩集のコーナーも充実している。
 
ひょっとしたら店主ご自身、詩人なのかも、などと勝手に妄想したり。
 

殆ど毎月、この本屋で何か買っているような気がする。4月は、漫画家・ちばてつや氏(『あしたのジョー』などの作者)の『わたしの金子みすゞ』(平成14年、メディアファクトリー)を手に入れた。
 

ちば氏は漫画家として40年余り走り続けて、仕事に一区切りつけた後に、金子みすゞの作品と出会われたとか。この本は、ちば氏が好きな金子作品を選び、その作品から喚起されたイメージをちば氏自身がカラーのイラストにされ、更に作品への感想も書き込んでおられる。贅沢な企画だろう。

イラストは残念ながら紹介できないものの、金子作品とちば氏の感想を、1つだけ、ここに掲げよう。

大漁(たいりょう)

朝焼(あさやけ)小焼(こやけ)だ。
 
大漁だ。
 
大羽鰮(おおばいわし)の
 
大漁だ。

濱(はま)は祭(まつ)りの
 
やうだけど
 
海のなかでは
 
何萬(なんまん)の
 
鰮のとむらひ
 
するだらう。


 
「どうして、みすゞさんはこういうことが考えられるのかな。こんな大漁の光景を見たら、普通は『わあ、すごいな』『よかったな』としか思わないよね。本当にすごい人です。
 
食べ物のあふれている時代だからこそ、僕たちはこの詩の心を大切にしなければならないと心から思う。僕はイワシが大好きで、骨も残さずに全部食べるようにしています。それが僕流のイワシに対する『とむらひ』なんです」

26歳で自殺した天才詩人の作品に触れ、還暦を過ぎた(やはり天才)漫画家が、心の底からの敬意と共感を込めて、「みすゞお姉さんとてっちゃんの絵日記」(ちば氏)
 
として書き上げた作品。書名すら知らなかったけれど、こうした未知の佳作を見つけられるのも、古本屋の魅力だ。

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