昭和天皇は「御物」を差し出されたか?

​更新日:2019年08月08日

昭和天皇は「御物」を差し出されたか?

終戦記念日が近づいた。

昭和天皇を巡るエピソードの1つ。

終戦直後の食糧危機の際の出来事だ。

 

昭和20年12月10日、昭和天皇は当時の松村謙三農林大臣を宮中に呼ばれ、以下のように伝えられた。

「戦争で塗炭の苦しみを受けた国民に、このうえ餓死者を出すことは自分には耐え難い。政府の要請にアメリカは食糧を与えてくれないというが、考えれば当方に代償として提供すべき何物もないのだからいたしかたない。それで、聞けば皇室の御物(ぎょぶつ=宝物〔ほうもつ〕)の中には国際的価値のあるものが相当にあるとのことだから、これを代償としてアメリカに渡し、食糧に代えて国民の飢餓を1日でもしのぐようにしたい」。

 

そう仰って、帝室博物館の館長に命じて作らせた皇室御物の目録を渡されたという(松村氏『三代回顧録』昭和39年)。松村氏はこれを幣原喜重郎(しではらきじゅうろう)首相に渡し、幣原氏がマッカーサーに同趣旨を伝えた。

 

これに対し、マッカーサーは以下のように答えた。

「天皇のお考えはよくわかるが、自分としてもアメリカとしても、皇室の御物を取り上げてその代償に食糧を提供するなどは面目にかけてもできない。しかし国民を思われる天皇のお気持ちは十分に了解したので、私が責任を持って必ず本国から食糧を輸入する方法を講じる」と。

 

その後、マッカーサーが実際にアメリカに食糧を要請した事実が知られている。この件に関して、昭和54年8月29日に記者らが直接、そうした事実があったのかお尋ねしたところ、昭和天皇のお答えは次の通りだった。

 

「そういうことがあったのは事実です。しかし、自分のしたことですから余り公(おおやけ)にしたくありません」(朝日新聞、昭和54年8月30日付朝刊)

しかし、昭和天皇ご自身は謙虚に「余り公にしたくありません」とお考えだったとしても、国民は広くこの事実を知っておくべきだろう。

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